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ジェネラルパーパス・テクノロジー(前編)

日本のITは20年間進化していない──野口悠紀雄が語る

2008年07月16日 11時00分更新

文● 遠藤諭、語り●野口悠紀雄

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日本型の社会組織が、ITを抑制するように働いた


── 日本は柔軟に対応できるといわれたはずなのですよね。ところが、いまは逆のことが起こっている。

野口 それは、GPTの種類によるのですね。「電力の場合にはイギリスに不利な技術変化だったけれど、ITは逆で、日本に不利な技術変化だ」というのが、この本の主張です。

 例えば、ITは1980年代以降のものですから、その頃すでに企業の中堅になっていた世代の人たちが、いま企業において決定権を持っているわけですね。その人たちは、新しい技術に適応力を持っておらず、ITが得意なのは若い人です。だから、もし会社の中でITを活用するようなことになったら、下克上が起こる。

 そういう人たちがITの導入に積極的な考えを持つとは考えられません。これは、日本型企業のひとつの特徴である年功序列制が、新しい技術の導入に抑制的に働くことを意味します。

── ITと年功序列という話は、この本の前書きに出てくる例ですが、実際は、もっといろんなことが起きていますよね。例えば、ベンチャー企業が出てきやすいとか、株主と経営者の関係が新しい技術を吸い上げやすいとか、日本の企業や会社組織の性質がITとそぐわないい。いちばん分かりやすいのが年功序列ですけどね。

野口 基本的には、経済全体の仕組みが、中央集権的かあるいは市場中心の分権的な仕組みかということですね。

 中央集権的な仕組みの典型は、ソ連です。つまり、社会主義の計画経済です。日本は、社会主義ではないけれども、さまざまな面で社会主義的・中央集権的な色彩が強い。大企業は、まさにそうした特質を持っているわけです。その仕組みは、情報通信についていえば、メインフレーム的・中央集権的な情報処理に適した仕組みです。

 それに対して、アメリカの経済システムは、市場中心型のものです。それほど大きくない組織が多数存在し、それらがマーケットを介してつながっている。これは、情報システムでいえば、分散的な仕組みに対応しています。1970年代までの世界では、中央集権的、メインフレーム的な社会が有利でした。それが、1980年代以降のIT革命によって、分散的な社会に有利に変わってきた。アメリカ的な社会に有利になってきた、ということですね。

── それが、GPTだから凄く影響力が大きい。社会全体の生産性に関わることになってくるということですね。

野口 マーケットという仕組みは、分散処理的・ネットワーク的なものです。中央集権的な計画経済においては、中央政府の計画当局がすべてを決定する。工場は、その指令を実行するだけで、自分で考えて意思決定することはできないのです。それは、メインフレーム・コンピュータとその端末の関係に似ていますね。

 それに対して市場経済では、中央で決定する主体は存在しません。意思決定しているのは個々の企業や家計です。彼らが、独自に情報処理をやって独自に動いている。それがマーケットで「価格」という情報をやりとりすることによって、全体としての調整がなされている仕組みです。

──  凄く合理的に、価格というパラメータでやられている。

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