全国のアニメスキー、こんばんわ。
まるでアニメの世界から飛び出たような金髪碧眼の美男美女。そんな海外のOtakuたちが活躍する姿をテレビなどでよく見かけるようになった。
ヨーロッパではフランス、イタリア、そしてイギリスやドイツ。インターネットは世界に日本のコンテンツを伝えたとも言える。ロシアもそのひとつだ。シベリアの中心都市ノボシビルスクで育った金髪の乙女Jenya(じぇーにゃ)は、ロシアにおけるファーストチルドレン。まだまだ紹介されることの機会の少ないロシアのオタク事情はどうなっているのか? アスキー総合研究所所長の遠藤諭が聞いた。
ソ連崩壊とオタクの関係
── 日本のコンテンツとの出会いは?
Jenya 13歳の頃に「トランスフォーマー」を見て17歳のときに「セーラームーン」に出会った。1話は見逃したけど、2話から毎回。授業と重なるときはVHSに録って……。声優の声も歌もとてもきれいだと思った。それから日本の歌に興味を持って、私も日本語の歌を歌いたいなと、それがきっかけ。大学時代、私のニックネームは「うさぎ」(笑)
── ひゃー! それで、日本のアニメがロシアで流れ始めたのはいつごろから?
Jenya 1991年にソ連が崩壊してからですね。その後もしばらくは日本のコンテンツは入りにくかった。日本のアニメが見られるようになったのはこの15年ぐらいですね。
── でも、最初からアニメ系、声優系なんですね。
Jenya そうですね。ロシアではボイスオーバー(原語の上に訳がのっている音声)で放送されてたけど、オリジナルが分かるようになりたかった。それで日本語を勉強しはじめたの。ロシアで放映されたセーラームーンはドイツ語からロシア語に翻訳して、日本語の上にロシア語が載っていた。ドイツ版セーラームーンのテーマソングはトランス系で、ロシアのオタクの間でも有名。でも、ロシア語の下で小さく「うさぎ!」(セーラームーンの主人公の名前)って呼んでるのが聞こえるの(笑)。
ドイツ語版では「バニー」(英語でうさぎ)と言う名前だったから、ロシア語でも「バニー」になっていて、「どうして日本語でうさぎって言うのに、バニーなの、名前なのに!」とちょっと不思議に思った。オリジナルが一番と思った。
── 日本のコンテンツが流れ流れて異国の地にたどり着いた。その細い糸がJenyaを日本の引き寄せたんだね。いい話だなあ(笑)