月刊アスキー 2008年7月号掲載記事
NTT物性科学研究所はこの4月、ごく小さな板バネの振動をコンピュータの基本回路として動作させる実験に成功した。コンピュータの基本素子はこの50年間ずっと、トランジスタである。しかし1950年代には、ポスト真空管の座をトランジスタと争った、国産の「パラメトロン」という素子が存在した。今回の回路は、板バネを使う点を除けば、原理はパラメトロンと同じだという。
ブランコが往復する速さは、吊ってあるひもの長さによって決まる。人が乗って、前に行くとき、後ろに戻るときに加速してやれば、一定速度で往復を続けられる。そこで、最初に前に行くパターンを「0」、最初に後ろに行くパターンを「1」と決めれば、ブランコの動きによって1と0を表現できる。これがパラメトロンの基本である。
今回の素子は、両端を固定したごく小さな板バネ(圧電素子の細い板)である。ここに、バネの長さによって決まる上下の振動の速度(固有周波数)に合わせて刺激(電圧)を与えると、バネは振動を続ける。最初に上に行くか下に行くかは、事前に小さなプラス・マイナスの電圧をかけることで設定できる。また、素子を工夫することで、上から振動したときにはプラスの電圧、下からの時にはマイナスの電圧を出せる。すると、「事前にかけた電圧によってプラス・マイナスの電圧を維持できる」ようになる。これを3つ組み合わせて「多数決回路」というのを組むと、ANDやORといった基本的な論理回路が作れる。CPUのような巨大な論理回路も構築可能なのだ。
動作には1000億分の1ワットといったごく小さな電力しか必要としない。「現在のトランジスタの回路に比べ、数ケタ下がる可能性もある」と、研究を担当した量子電子物性研究部部長の山口浩司氏は語る。「板バネの素材によっては、トランジスタでは特性が変化しやすい高温・低温での動作にも対応できるかもしれません」。実用化に向けてはまだかなりの時間が必要だ。また構造上、動作は100MHz程度が上限と考えられ、今のトランジスタをすべて置き換えることはなさそうだ。とはいえ、トランジスタも、消費電力や微細化限界などの問題を抱えている。今後の研究が、トランジスタの弱点を補う新しい形につながることを期待したい。