PCとしての能力は低いが
PDAライクな「SnapVUE」と併用で実力発揮
Shiftをビュワーとしてでなく、PCとして評価してみよう。ShiftのCPUはIntel A110(800MHz)。メモリーは1GBあるが、Vistaを動かすには少々力不足だ。Office 2007などを動かしてみると、特にアプリケーションの起動時にストレスを感じた。おそらくは、Origami Experienceなどの追加コンポーネントが多いため、1GBではメモリーが不足しているのだろう。内蔵ストレージも、読み出し速度の点で不利な1.8インチHDDであり、この点でも厳しい。
「Vistaエクスペリエンスインデックス」は2.1。足をひっぱっているのがCPUだというあたりが、やはりつらい。
同様に、バッテリー持続時間も優秀とは言い難い。前回同様、バッテリー・ベンチマークソフト「BBench」を使い、10秒毎にキー入力、60秒毎にウェブへのアクセスを自動的に行ないながら、バッテリーが切れるまでの時間を計測した。結果は最長でも2時間弱、バックライトを最高に設定した状態では1時間20分強といったところで、他のモバイルノートのように「使いっぱなしで使う」にはつらい。
これは、Shiftに搭載されているバッテリーの容量が2700mAhと、一般的なモバイルノートの半分程度しかないことに起因するものだろう。
また、ボディの発熱も比較的感じやすい。排気そのものはさほどでもないが、底面の温度は常に高めで、「熱い」部類のPCといえる。おそらくは、底面が金属になっており熱が逃げやすい分、熱を体感しやすくなってしまっているのだろう。プロセッサーのパワーから考えると、発熱は大きめだ。
各部の温度。放射温度計による測定。外気温は19℃ | |||
---|---|---|---|
CPU | キーボード | 底面の最大発熱部 | 排気口 |
アイドル時(省電力ON) | 約30度 | 約38度 | 約40度 |
フルパワー時(省電力OFF) | 約30度 | 約42度 | 約48度 |
これらの点から考えると、「PCとしてバッテリー駆動で長時間使い続ける」のは、Shiftのメイン用途とは言えないことがわかる。必要な時にPCのパワーを使い、「リッチなビューワー」兼「ちょっとしたタイピング」を行なう、というのがちょうどいいところだろう。
だが、バッテリーが持たないのであれば、Shiftをわざわざ持ち歩く意味がない。そこで独自の機構として用意されているのが、「SnapVUE」という仕組みだ。
Shiftの内部には、W-CDMA/HSDPA対応の携帯電話システムがそのまま組み込まれている。従来の「3G対応モバイルPC」の場合には、あくまで通信専用のワイヤレスモデム機能だけが搭載されている。一方Shiftの場合は、Qualcommのベースバンドチップがそのまま内蔵されているので、PCのCPUが動いていない時にも「PDA的な動作」が可能なのだ。PDA側のCPUはQualcomm MSM 7200(400MHz)。HTCはこの機能をSnapVUEと呼んでいる。
画面を見ればおわかりのように、SnapVUEはWindows CEをベースに開発されたもので、Vistaと違って一瞬で起動する。メールやスケジュールをチェックするのも簡単だ。メールは携帯電話のネットワークを使い、Push受信することも可能になっている。
SnapVUEを使用時は、PCとしての機能はほとんど動いていないので、バッテリーはずっと長く持つ。HTCでは「メールの待ち受けならば2日間の動作が可能」としている。
普段はSnapVUEで必要な情報をチェックし、PCの能力が必要な時にはPCとして使う。そんなスタイルが、“Shiftらしい使い方”ということになるだろうか。
ただし、そのためには条件も多い。SnapVUEは、メールをPOPやIMAPのほか、Windows Exchange Serverで使われている「Direct Push」という方式で受け取る。つまり、Exchange Serverとの連携が前提の機能となる。Direct Pushであればメールだけでなく、スケジュールなども同時に受信できて便利なのだが。さらに、通常はSnapVUEから、PC側のHDD内にあるデータを参照することができない。
また、ShiftのDirect Pushは3G携帯電話回線のパケット通信経由でのみ行なわれるため、常時情報を受け取るようにしていると、かなりのパケット通信が行なわれる。日本国内の場合、ShiftではNTTドコモおよびソフトバンクモバイルのSIMカードが使えるが、どちらもパケット定額プランは利用できないため、通信料はかなり高額なものになる。
海外の場合、これらの制限は日本ほどきつくない。日本よりも3G携帯電話によるパケット通信サービスの自由度が高く、個人向けにExchange Serverをホスティングで提供するサービスも多いためだ。たとえばアメリカの場合、「1カ月のデータ転送量が5GBまでは60ドル」といった形態のサービスが一般的で、比較的気軽に使える。日本のように、利用する端末やサービスの制限が厳しいわけでもない。
Shiftはほかにない魅力を持った面白いPCである。今後このような製品が増えるなら、「モバイル機器のあり方」は大きく変わってくるだろう。だがそのためには、“日本の通信料金”を巡る状況の変化が必要である、ということもまた事実なのだ。
- オススメしたい人
- ・高級感があり、「他の人が持っていないモバイルガジェット」が欲しい人
- ・通信費を多少負担してでも、「いつでも情報が得られる」環境を求める人
HTC Shiftの主なスペック | |
---|---|
CPU | Intel A110(800MHz) |
メモリー | 1GB |
グラフィックス | Intel 945GMS Expressチップセット内蔵 |
ディスプレー | 7インチワイド 800×480ドット |
HDD | 40GB |
光学ドライブ | 搭載せず |
無線通信機能 | IEEE 802.11b/g、Bluetooth 2.0、HSDPA/W-CDMA内蔵可能(SIMカードは付属しない) |
カードスロット | SDメモリーカード(SDIO) |
インターフェース | USB 2.0×1、アナログRGB出力(D-Sub 15ピン)、ヘッドホン出力など、ポートリプリケーター側にLAN(USB 2.0×3、10/100BASE-TX)、 |
サイズ | 幅207×奥行き129×高さ25mm |
重量 | 約800g |
バッテリー駆動時間 | 約2時間(Vista使用時) |
OS | Windows Vista Business |
価格 | オープンプライス(予想実売価格 約16万4800円前後) |
筆者紹介─西田 宗千佳
1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。 得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、月刊宝島、PCfan、YOMIURI PC、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)がある。
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