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西田 宗千佳のBeyond the Mobile 第2回

ケータイとノートPCの境界―HTC Shiftは新市場を拓けるか?

2008年05月22日 11時18分更新

文● 西田 宗千佳

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PCとしての能力は低いが
PDAライクな「SnapVUE」と併用で実力発揮

 Shiftをビュワーとしてでなく、PCとして評価してみよう。ShiftのCPUはIntel A110(800MHz)。メモリーは1GBあるが、Vistaを動かすには少々力不足だ。Office 2007などを動かしてみると、特にアプリケーションの起動時にストレスを感じた。おそらくは、Origami Experienceなどの追加コンポーネントが多いため、1GBではメモリーが不足しているのだろう。内蔵ストレージも、読み出し速度の点で不利な1.8インチHDDであり、この点でも厳しい。

 「Vistaエクスペリエンスインデックス」は2.1。足をひっぱっているのがCPUだというあたりが、やはりつらい。

ShiftのVistaエクスペリエンスインデックス

Vistaエクスペリエンスインデックスは全体的に低め。ほぼ体感通りのスコアといっていい。HDDへのアクセス速度は、このスコア以上に低い印象を持った

 同様に、バッテリー持続時間も優秀とは言い難い。前回同様、バッテリー・ベンチマークソフト「BBench」を使い、10秒毎にキー入力、60秒毎にウェブへのアクセスを自動的に行ないながら、バッテリーが切れるまでの時間を計測した。結果は最長でも2時間弱、バックライトを最高に設定した状態では1時間20分強といったところで、他のモバイルノートのように「使いっぱなしで使う」にはつらい。

 これは、Shiftに搭載されているバッテリーの容量が2700mAhと、一般的なモバイルノートの半分程度しかないことに起因するものだろう。

バッテリー駆動時間の計測結果

バッテリー駆動時間の計測結果。バッテリーでの動作時間は短め。無線LANを使わない場合で2時間を超える、という程度だろう

 また、ボディの発熱も比較的感じやすい。排気そのものはさほどでもないが、底面の温度は常に高めで、「熱い」部類のPCといえる。おそらくは、底面が金属になっており熱が逃げやすい分、熱を体感しやすくなってしまっているのだろう。プロセッサーのパワーから考えると、発熱は大きめだ。

各部の温度。放射温度計による測定。外気温は19℃
CPU キーボード 底面の最大発熱部 排気口
アイドル時(省電力ON) 約30度 約38度 約40度
フルパワー時(省電力OFF) 約30度 約42度 約48度

 これらの点から考えると、「PCとしてバッテリー駆動で長時間使い続ける」のは、Shiftのメイン用途とは言えないことがわかる。必要な時にPCのパワーを使い、「リッチなビューワー」兼「ちょっとしたタイピング」を行なう、というのがちょうどいいところだろう。

左側面に内蔵されたスタイラスペン

本体左側面に内蔵されたスタイラスペン。伸縮式で、使うときは長く伸ばす

付属のLAN付きUSBポートリプリケーター

本体には有線LAN端子がなく、付属のUSBポートリプリケーターにLAN端子が装備されている

 だが、バッテリーが持たないのであれば、Shiftをわざわざ持ち歩く意味がない。そこで独自の機構として用意されているのが、「SnapVUE」という仕組みだ。

SnapVUEの画面。まさにPDA感覚で操作できる。ただし通常のWindows CE搭載PDAと違い、ユーザーが独自の機能を追加することはできない

 Shiftの内部には、W-CDMA/HSDPA対応の携帯電話システムがそのまま組み込まれている。従来の「3G対応モバイルPC」の場合には、あくまで通信専用のワイヤレスモデム機能だけが搭載されている。一方Shiftの場合は、Qualcommのベースバンドチップがそのまま内蔵されているので、PCのCPUが動いていない時にも「PDA的な動作」が可能なのだ。PDA側のCPUはQualcomm MSM 7200(400MHz)。HTCはこの機能をSnapVUEと呼んでいる。

 画面を見ればおわかりのように、SnapVUEはWindows CEをベースに開発されたもので、Vistaと違って一瞬で起動する。メールやスケジュールをチェックするのも簡単だ。メールは携帯電話のネットワークを使い、Push受信することも可能になっている。

 SnapVUEを使用時は、PCとしての機能はほとんど動いていないので、バッテリーはずっと長く持つ。HTCでは「メールの待ち受けならば2日間の動作が可能」としている。

 普段はSnapVUEで必要な情報をチェックし、PCの能力が必要な時にはPCとして使う。そんなスタイルが、“Shiftらしい使い方”ということになるだろうか。

 ただし、そのためには条件も多い。SnapVUEは、メールをPOPやIMAPのほか、Windows Exchange Serverで使われている「Direct Push」という方式で受け取る。つまり、Exchange Serverとの連携が前提の機能となる。Direct Pushであればメールだけでなく、スケジュールなども同時に受信できて便利なのだが。さらに、通常はSnapVUEから、PC側のHDD内にあるデータを参照することができない

 また、ShiftのDirect Pushは3G携帯電話回線のパケット通信経由でのみ行なわれるため、常時情報を受け取るようにしていると、かなりのパケット通信が行なわれる。日本国内の場合、ShiftではNTTドコモおよびソフトバンクモバイルのSIMカードが使えるが、どちらもパケット定額プランは利用できないため、通信料はかなり高額なものになる。

 海外の場合、これらの制限は日本ほどきつくない。日本よりも3G携帯電話によるパケット通信サービスの自由度が高く、個人向けにExchange Serverをホスティングで提供するサービスも多いためだ。たとえばアメリカの場合、「1カ月のデータ転送量が5GBまでは60ドル」といった形態のサービスが一般的で、比較的気軽に使える。日本のように、利用する端末やサービスの制限が厳しいわけでもない。

 Shiftはほかにない魅力を持った面白いPCである。今後このような製品が増えるなら、「モバイル機器のあり方」は大きく変わってくるだろう。だがそのためには、“日本の通信料金”を巡る状況の変化が必要である、ということもまた事実なのだ。

オススメしたい人
・高級感があり、「他の人が持っていないモバイルガジェット」が欲しい人
・通信費を多少負担してでも、「いつでも情報が得られる」環境を求める人
HTC Shiftの主なスペック
CPU Intel A110(800MHz)
メモリー 1GB
グラフィックス Intel 945GMS Expressチップセット内蔵
ディスプレー 7インチワイド 800×480ドット
HDD 40GB
光学ドライブ 搭載せず
無線通信機能 IEEE 802.11b/g、Bluetooth 2.0、HSDPA/W-CDMA内蔵可能(SIMカードは付属しない)
カードスロット SDメモリーカード(SDIO)
インターフェース USB 2.0×1、アナログRGB出力(D-Sub 15ピン)、ヘッドホン出力など、ポートリプリケーター側にLAN(USB 2.0×3、10/100BASE-TX)、
サイズ 幅207×奥行き129×高さ25mm
重量 約800g
バッテリー駆動時間 約2時間(Vista使用時)
OS Windows Vista Business
価格 オープンプライス(予想実売価格 約16万4800円前後)

筆者紹介─西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。 得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、アエラ、週刊東洋経済、月刊宝島、PCfan、YOMIURI PC、AVWatch、マイコミジャーナルなどに寄稿するほか、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)がある。


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