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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第17回

税金と人材を浪費する「ITゼネコン」

2008年05月20日 11時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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超高コストの国産スパコン


 要するに京速計算機は、「世界一速いコンピュータ」の座を奪回したいという国威発揚のために、2006〜2012年の7年間で1150億円という巨費を投じて作られるのだ。

Blue Gene/L

「Blue Gene/L」。ピーク性能で360テラフロップスを実現するという

 現在、世界の高速コンピュータのトップであるIBMの「Blue Gene/L」の開発費用は1億ドル(約100億円)なので、京速計算機のコストは桁違いに高い。しかも来年にはペタフロップス機が海外で3機、稼動する予定だが、いずれもコストは数千万ドルだ。その100倍近いコストをかける京速計算機は、完成した時点ではベスト10にも入らないだろう。

 このように性能対価格比が大きく違う原因のひとつは、スパコンの仕組みが違うことにある。世界のほとんどのスパコンが、PCにも使われている低価格の汎用CPUを数多くつないで並列に計算するスカラー型なのに対して、日本のスパコンでは高価な専用のベクトル型CPUを採用しているものが目立つ(京速計算機はベクトルとスカラーの複合型)。スパコンの専門家である牧野淳一郎氏も「これからCPUを開発していては目標を達成するのは不可能だ」と指摘している。



「大艦巨砲コンピュータ」が日本のIT産業を滅ぼす

 この京速計算機は、1000億円を超えるプロジェクトなのに、随意契約でNEC、富士通、日立の3社が共同受注した。スパコンは国際競争入札を行なうのが常識であり、そうすれば国産より2桁安い海外メーカーが落札しただろう。この非常識なコストを負担するのは納税者である。

 さらに驚くのは、発注した理化学研究所のプロジェクトリーダーが、NECから「天上がり」した人物だということだ。自分の出身企業から調達するのだから、なるべく高値で発注するだろう。これは明白な利益相反だが、スパコンの目的は「科学技術」と美しく、その中身も素人には分からないのでメディアも問題にしない。

 ITゼネコンの弊害は、建設ゼネコンよりずっと大きい。建設業の生産性が落ちても日本経済に大した影響はないが、情報産業の国際競争力を高めることは政府も最優先の課題としている。世界的に見ると、多くの汎用CPUで分散型の計算を行なうクラウド・コンピューティングの研究が、グーグルなどで始まっている。今どき時代錯誤の「大艦巨砲コンピュータ」に多くの優秀なエンジニアを投入することは、IT産業をミスリードし、税金よりもはるかに重大な人材の浪費になるだろう。


筆者紹介──池田信夫


1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。



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