「アナログ」という字幕を出す前に

文●池田信夫(経済学者)

2008年04月22日 12時00分

なぜ地デジは行き詰まったのか


 朝日新聞によれば、今年7月からアナログ放送の画面には、「アナログ」という字幕が常時現れる予定だという。これは「お前のテレビは古いから買い換えろ」という嫌がらせだ。

 テレビ局がこのように談合して消費者を脅すのは、世界にも例がない。ひと足先にデジタル移行を進めて難航している米国のFCC(米連邦通信委員会)でさえ、アナログテレビに「デジタル放送は見られない」というステッカーを貼ることを義務付けただけだ。

 テレビ局がこういう見苦しい政策に追い込まれたのは、地上デジタル放送の普及が進まず、アナログを停波する予定の2011年7月に5000万台以上のアナログテレビが残ると予想されるからだ(関連記事)。米国では、2006年にアナログ停波するという計画が延期に追い込まれた。英国では停波の見通しも立たず、地域ごとに停波の「実験」をして様子を見ているが、日本ではそれもできない。地デジ受信機の世帯普及率が3割にも満たないからだ。



デジタル化のメリットとは


 デジタル化のメリットは、伝送路を問わず自由に伝送できるところにある。BBCは、ウェブ配信サービスや通信衛星やP2Pまで使って多様な方法で普及を進めている。ところが総務省は、電波利権を守ろうとするテレビ局の政治力に屈して、従来の中継局を丸ごと置き換えることにしたため、1兆円を超えるコストが発生する。しかも新規参入を許さないため、アナログと同じ番組を横長の画面で見る放送に人気がないのは当たり前だ。

 デジタル化のもうひとつのメリットは、複製/編集しても画質が劣化しないこと。それなのに、B-CASやコピーワンスなど、デジタル放送のほうがアナログより不便なのだから、普及するはずがない。チューナー内蔵PCは、地デジになってから比率が下がり、10%台に落ちた。DVDレコーダーも前年割れが続いている。総務省もテレビ局も、自分で自分の首を絞めているのだ。

廃止すべきは「B-CAS」と「コピーワンス」


 福田内閣の方針は「消費者中心の行政」だそうだから、このような業者一辺倒の放送行政は抜本的に見直すべきだ。

 政策の優先順位は明確である。何よりも重要なのは、2011年にテレビが見られなくなる視聴者をひとりでも減らすことだ。移行用に「5000円チューナー」を用意しろという話もあるようだが、B-CASのハードウェアと「審査料」だけで3000円近くかかる状態では、そんなものは作れっこない。

 最大の障害となっているコピーワンスも、6月から「ダビング10」に移行する予定だが、孫コピーが作れない不便さは同じだ(関連記事)。今のアナログ放送なら、パソコンにキャプチャーしたデータはデジタルで編集もミキシングも自由だから、ビデオマニアはアナログ放送を使い続けるだろう。何よりおかしいのは、無料放送に必要のない限定受信システムを、法的根拠もなしにB-CASという私企業がすべてのテレビに事実上、義務付けていることだ。



NHKはどう説明するのか?


 特にNHKについては、放送法第9条の第9項に「協会は、放送受信用機器若しくはその真空管又は部品を認定し、(中略)無線用機器の製造業者、販売業者及び修理業者の行う業務を規律し、又はこれに干渉するような行為をしてはならない」と規定されている。NHKが「あまねく受信」されるべき放送を暗号化し、子会社でB-CASという「放送受信用機器」を認定して受信に「干渉」しているのは違法ではないか。

 この問題はNHKも気づいており、BSでは「BS設置のご連絡をお願いしております」という嫌がらせの字幕が出るが、地上波では出ない。昨年、橋本元一元会長が「地デジでも字幕を出す方針だ」と記者会見で発言したことがあるが、撤回された。これはNHKの否定している有料放送=民営化につながるからだ。それなら、なぜBSには字幕が出るのか。

 少なくとも公共放送であるNHKは、私的な有料放送システムであるB-CASをやめて、すべての視聴者に見えるように放送すべきではないか。NHK経営陣は、視聴者に論理的に説明すべきだ。

 地デジは、総務省の進めている情報通信法(仮称)のようなレイヤー別構造と整合性がなく、通信/放送業界全体をIP(インターネット・プロトコル)で再編成する通過点に過ぎない。総務省は、アナログ放送の視聴者に嫌がらせする姑息な政策よりも、このコラムの第10回で提案したような抜本的な対策でデジタルに一挙に移行し、「地デジ後」の電波政策を考えるべきだ。


筆者紹介──池田信夫


1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。


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