アーティストとのコラボで、かつてないものを創る
TENORI-ONは、もともとメディアアーティスト(電子機器などのハイテクメディアを使ったアート作品を作成する人)である岩井俊雄さんがソフトウェアや携帯用アプリで展開していた「テノリオン」という作品をもととしているそうだ。これまでにないものを開発しようというとき、他のフィールドの才能と組むということは大切なことだと思われるが、いかにして岩井氏と出会い、ヤマハの楽器TENORI-ONが誕生したのだろうか。また、もともと音楽好きであったという西堀さんはどのような経緯で自分が好きな分野の開発に携わることができたのか、彼のキャリアについても聞いてみた。
「楽器は学生の頃からアコースティックギターとエレキギターを少しだけやっていましたが、全然下手でした(笑)。それでもなんとか音楽を続けていきたいと考えていたので、コンピュータを使ってソフトを書き、それをもとに音楽を作っていくという大学の専攻(慶応大学 環境情報学部メディア環境学科)を探したのです。そしてこの専攻の先に、ヤマハの就職(2001年4月)を果たしました。ヤマハでの最初の仕事内容は『ネットワークを使うことで音楽はどのような新しい面白みを持つのか』についての研究です。そこで作成したアプリケーションをすでにメディアアーティストとして有名であった岩井さんに見てもらうことを打診し、実際に機会を得ることができたのです」
その後、岩井さんに月に1度くらい会って交流を深めていくうちに、実際に手に収まり、ポータブルで楽しめる『テノリオン』を作りましょう、ということになったという。岩井さんと西堀さんはアイデアの交換を重ね、2003年の秋に楽器TENORI-ONの1次プロトタイプが完成した。
「岩井さんがソフトウェアを、ヤマハがハードとメカを担当しました。1次プロトタイプのソフトウェアは、僕も書きました。それを岩井さんに見てもらい、デザイン込みの2次試作では、岩井さんに『これでいこう』というレベルのものを書いていただきました。それをベースとして、ヤマハのソフトウェア開発部隊が商品化していったのです。岩井さんが感覚でTENORI-ONの魅力を作る。それをヤマハが仕様に落とし込む。例えば、光が広がるスピードも岩井さんは感覚で一番気持ちのいいスピードを見つける。感覚で作ったものだから仕様が存在しない。そこで、私たちが岩井さんの感覚を数値化して、仕様を作っていきました。結構大変な作業ではありましたが、これをしたので商品化できたのだと思いますね」
TENORI-ONは2001年から開発がスタートし、6年の歳月を経て昨年の9月に発売となった(イギリスのみ)。マーケティングを兼ねて、Siggraph(アメリカ)やArs Electronica(オーストリア)、Sonar(スペイン)、FutureSonic(イギリス)といった展示会に出品すると、瞬く間にTENORI-ONに注目が集まったという。すでに、冒頭で述べたように多くのミュージシャンにリスペクトされているわけだが、それはただインターフェースが革新的なだけでなく、楽器としての完成度の高さからである。
「ヤマハの楽器としての“ベーシックだけど厳しい品質基準”を通過しています。また、デザインにもこだわり、マグネシウムを使ったフレームには、エレキギターの虎目みたいな筋が入っているのですが、それも職人による手作業でしか生み出せない表情だったりします。楽器はそもそも工芸品的な扱いがあり、TENORI-ONにもその意志が受け継がれているのです。ヤマハでTENORI-ONが作られる価値がそこにあると考えています」
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