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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第4回

東芝のHD DVD撤退は「朗報」──パッケージメディアの終わりの始まり

2008年02月19日 12時00分更新

文● 池田信夫(経済学者)

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真の「次世代メディア」はネット配信だ


 それより本質的な問題は、YouTubeなどウェブで映像が自由に見られる時代に、わざわざ電器屋までディスクを買いに行く客がいつまでいるのかということだ。HDTVのネット配信もすでに始まっている。インフラの帯域はまだ足りないが、全世界の通信会社が映像配信を次の収益源にしようと巨額の投資をしており、YouTubeのような感覚でHDTVが見られるようになるのは時間の問題だろう。

 今のところ、映画会社は著作権を完全にコントロールできるDVDを好んでいるようだが、これはインターネットでもDRM(デジタル権利管理)で解決可能だ。市場の規模という点では、次世代DVDは1日1億人以上が見るYouTubeなどの動画サイトには遠く及ばない。画質はまだよくないが、すぐ上がるだろう。

 「次世代CD競争」を覚えている人がいるだろうか。SACDかDVDオーディオかという競争があったが、勝ったのはどちらでもなく、MP3によるネット配信だった。圧倒的多数の消費者は、画質や音質より便利で安いサービスを選ぶのだ。真の次世代メディアはネット配信であり、BDはそれまでの「つなぎ」にすぎない。

百度

1月に日本語版もスタートした中国発の検索エンジン「百度」

 ところが日本の家電メーカーは、いつまでも「ものづくり」にこだわり、ネット配信ビジネスではまったく存在感がない。この種のビジネスは、iTunes Storeに見られるように「初動の利益」が大きいので、日本メーカーがいつまでもパッケージメディアにこだわっていると、すでに世界第3位の検索エンジンになった中国の「百度」(Baidu)あたりに先を越されるのではないか。

 経営判断で最も難しいのは、撤退の決断である。特に今回のように、開発投資が回収できないうちに捨てるのは困難だ。NTTは1990年代に、ATM交換機を配備する時期にインターネットの普及が重なったため、電話網にこだわって無駄な投資をし、経営を悪化させた。

 最新技術への投資が、価値のないサンクコスト(回収できない埋没費用)になったという事実を認めるのは、つらい判断である。しかし経営学の教科書に書いてあるように、サンクコストは無視し、今後のキャッシュフローだけを考えなければいけないのだ。

 今回の撤退はHD DVDの敗北でもBDの勝利でもなく、レコード→VTR→CD→DVDと続いてきた、信号を特定の物理フォーマットで記録するメディアの終わりの始まりだ。これを機に、東芝がパッケージメディアを捨てて映像ネット配信に舵を切れば、災い転じて福となる可能性もある。

 かつて東芝が大型コンピュータから撤退したときは、それを担当していた溝口哲也氏のチームがパソコンに転じ、ダイナブックのヒットを飛ばした。「選択と集中」を掲げる東芝の経営陣にそういう決断ができるかどうか──それは日本の企業が生まれ変われるかどうかの試金石ともなろう。



筆者紹介──池田信夫


1953年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退職後。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は上武大学大学院経営管理研究科教授。学術博士(慶應義塾大学)。著書に「過剰と破壊の経済学」(アスキー)、「情報技術と組織のアーキテクチャ」(NTT出版)、「電波利権」(新潮新書)、「ウェブは資本主義を超える」(日経BP社)など。自身のブログは「池田信夫blog」。



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