凸版印刷(株)は21日、同社と中国の故宮博物院が共同制作したバーチャルリアリティー(VR)コンテンツ「故宮VR《紫禁城・天子の宮殿》」を、2008年1月5日から同社が運営する「印刷博物館」のVRシアターにて一般公開を行なうと発表した。従来は関係者や招待者のみに公開されていたもので、一般公開は世界初となる。
そもそも故宮博物院は、15世紀の明代から20世紀の清代まで、皇帝の宮殿として使われていた北京市の紫禁城(故宮)を元にした博物館。100万点以上の収蔵品を誇り、世界遺産としても名高い。凸版印刷では2000年から故宮博物院との共同研究プロジェクトとして、この歴史的建築物とその収蔵品を最新技術を用いてデジタルデータ化し、その姿を正確に保存するプロジェクト(デジタルアーカイブ化)を行なっているという。
デジタルアーカイブ化は現在も進行中であるが、2003年には故宮で最大の宮殿である「太和殿」(たいわでん)のコンテンツが完成。太和殿を中心に、紫禁城全景を俯瞰するコンテンツが誕生した。2005年には建築工程も再現した第2部のコンテンツ「三大殿」が完成。現在は2008年完成予定の「養心殿」が制作中とのことだ。1月に一般公開されるのは、この太和殿のコンテンツとなる。
凸版印刷ではアナログ時代から高度な画像処理技術の開発を進めており、その技術を文化財のデジタルアーカイブ化とVR化による公開に応用している。1998年にローマ・バチカンの世界遺産「システィーナ礼拝堂」のデジタルアーカイブ化を手がけたのを皮切りに、奈良・唐招提寺やペルー・ナスカの地上絵など、世界各地の貴重な文化遺産のデジタルアーカイブ化・VR化を行なっている。故宮のデジタルアーカイブ化にも、その技術とノウハウが活用されている。現在は故宮内の非公開エリアに「故宮文化遺産デジタル化応用研究所」を設け、2年間でのべ30名規模、常駐7名(および外部スタッフ)のスタッフによりデジタルアーカイブ化が行なわれているという。
一般公開が行なわれるのは、トッパン小石川ビル地下1階にある、印刷博物館内のVRシアターである。巨大なワイドスクリーンが設置されており、PCに接続された3台のDLPプロジェクターから映像を投影する。各プロジェクターの解像度はSXGA(1280×1024ドット)とのことで、3台合わせて解像度3000×1000ドットの高解像度ワイド映像を作り出している。映像はプリレンダリングされたムービーではなく、リアルタイムに生成される3D CGとなっている。リアルタイムゆえに、PCゲーム用のコントローラーで操作もできるようだ(自由自在のウォークスルーはできないようだが)。
今回報道関係者向けに公開された映像は10分程度の映像であったが、緻密なデータと高解像度の映像により、大画面上で再現された太和殿の美しさは、画面に引き込まれるような迫力とリアリティーがある。ハイビジョン放送で世界遺産を紹介する番組を見ているような、あるいはそれ以上の臨場感と言っても過言ではない。
残念ながら、観客が自由に映像内を歩き回ることはできないが、もし精緻なCGで再現された紫禁城の中を歩き回れたとしたら、歴史好きにとってはさぞかし楽しい体験となることだろう。
また、今回のプロジェクトで作られたデータについては、現時点では故宮博物院と凸版印刷以外に提供したり、外販する予定はないとのことだ。文化財の保存というテーマで行なわれるプロジェクトである以上、特に成果の商用利用については難しい面もあるだろうが、将来はこれらのデータを外部に提供することも検討してもらいたいものだ。
2006年の東京ゲームショウ基調講演で、ソニー・コンピュータエンタテインメント(株)前CEOの久夛良木 健(くたらぎ けん)氏は、“実際の建物や地形の3Dデータをネットワークで公開・共有し、それを元に作られた仮想世界の中をユーザーが自由に遊べたら……”というエンターテイメントの未来像を語ったことがある(関連記事)。もし久夛良木氏がこの故宮VRを見たら、驚喜してデータの公開や提供を求めたのではないだろうか。それほど美しく、可能性を感じさせる見事な映像であった。
故宮VRの公開は2008年1月5日からで、印刷博物館のVRシアターが開かれる毎週土曜~日曜、および土日に続く祝日の公開となる。歴史ファンや世界遺産好きなら、一見の価値ありのコンテンツであり、印刷の歴史を紹介する印刷博物館の展示物も興味深い。