月刊アスキー 2008年1月号掲載記事
インターネットを利用した高画質の映像配信やゲームの体験版配布ではギガバイト単位のファイル転送が必要になる。安価な光回線が普及した日本のユーザーにとって、このような回線の利用はコストがかからない配布方法に感じるかもしれないが、サービス提供者にとっての事情はまったく異なる。
現在大規模なネット配信では、CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)と呼ばれるサービスを提供する、専門企業に委託するのが一般的。アカマイに代表されるこれらの企業は配信用のサーバを世界中に分散し、大量のアクセスが同時に集中しても対応できる高度なシステムを構築している。ただ、その費用は小さくない。DVD1枚分のデータ配信に、実はメディア1枚の製造より、高いコストになる試算もあるという。デジタル放送を見ているような利用者に有料の映像配信を始めるなら高画質な映像が必要だが、画質を上げると「高コスト=高料金」になり、マーケットを立ち上げにくいというジレンマに陥いるのだ。
そんな状況を覆す可能性を持つのが、P2P技術をベースにしたビットトレント(BitTorrent)である。ビットトレントではファイルの断片のみを一部のマシンにコピー。残りのデータはユーザーのマシン同士で交換し合って補完する。中央のサーバはその状況を監視し、どの断片がどのマシンにあるかの情報を伝えるだけなので、データ転送量は小さくなり、回線やサーバのコストが抑えられる。
元々ビットトレントはブラム・コーエン氏が自宅で開発し、オンライン上で配布したソフトで、この技術に目を付けたメンバーとと もに同名企業を創業した。アメリカでは大手映画会社と提携し、映画が5ドル程度で観られる配信サービスを展開しているが、基本は 技術を提供する企業。国内では動画配信のインフラ提供で実績のあるJストリームと協業し、CDNと組み合わせた低コストのインフラ提供を計画する。また、角川グループはビットトレントに約10億円を出資するとともに、独自の映像配信サービスを2008年に開始することを発表。DVDや放送などに代わりえる、自社コンテンツを配信する新しいメディアとして期待を寄せていると考えられる。
日本ではP2Pイコール「ユーザーが不法にファイルを交換するための道具」という印象があるが、ブラム・コーエン氏が「ビットト レントは、ユーザーの高速回線が安価で、サーバのホスティングが高価な日本に最適」と語るように、本来はブロードバンド回線の利用効率を上げるのに有益な技術である。ビットトレントがネット社会の基盤になりうるのか、今後注目していきたい。