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石井裕の“デジタルの感触” 第10回

石井裕の“デジタルの感触”

独創の追求

2007年09月22日 05時38分更新

文● 石井裕(MITメディア・ラボ教授)

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人類が共有する知的財産を築く


 前回はGUI(Graphical User Interfaces)の源流となった研究開発を例に、独創性(オリジナリティー)について書いた(参考記事)。今回は、一研究者として独創性を追求することの難しさと、ジレンマについて述べたい。

 言うまでもなく、研究に最も大切なのはオリジナリティーである。研究者は新しい知的価値を創造し、それを世界に還元する責務がある。すでに知られている知見を単に翻訳・編集するだけでは研究と言えない。

 また、新しいアイデアだと思ってそれを形にしても、もし世界の誰かが同じアイデアを自分より先に思いついて発表している事実があれば、研究としての価値はゼロになってしまう。従って新しいアイデアを記録として確実に残し、世界の誰もがそれを参照できるようにすること、つまり人類共有の知の財産を築き上げることが、研究者にとって非常に重要なのだ。

台湾講演にて

@ Discourse in Taiwan

 我々研究者が、トップクラスの国際会議や広く読まれるジャーナルに英語で研究論文を発表するのはそのためである。と同時に、どのようなアイデアがすでに発表されているかを徹底的に調べ、自分がこれから発表しようとするアイデアとの違いを明確にすることも大切な作業になる。その違いは表面的な差異ではなく、本質的な違いでなければならない。


学会が備える教育的な価値


 日本で大変素晴らしい研究をして、日本国内の学会に日本語で報告したとしよう。しかしそれだけでは、日本以外の「世界」から見るとその研究は存在していないに等しい。世界にインパクトを与えるチャンスもない。

 オリジナリティーの高い自信作であれば、トップクラスの国際学会に英語で発表し、世界からの評価を仰ぐことが重要になる。もちろん、全世界すべての既存研究をサーベイし尽くし、自分の仕事との違いを明確化することは不可能である。そこで、基本的なサーベイを済ませた段階で十分なオリジナリティーがあると判断したら、思い切ってトップクラスの学会に投稿してみるといい。

 一流学会には多くのベテラン査読員がおり、懇切丁寧に参照すべき先行研究例を紹介し、論文をさらによくするためのアドバイスをくれる。たとえ論文が通らなくても、学会が提供する教育的な価値は非常に高いのだ。

 ちなみに私の場合は、ACM(Association for Computing Machinery)という米国に拠点を持つコンピューター科学の学会をベースにして、'80年代後半から約25年間活動を続けてきた。私がオリジナリティーを徹底的に尊重する研究文化を学んだのは、この活動を通じてのことだ。


研究の成否を分ける本質的な問い


 とはいえ、新しいアイデアが真空から生まれることはない。新しい「視点」から既存のアイデアや知識を組み合わせることで、新しいアイデアが生まれる。

 単なる既存アイデアの足し算で終わらずに、新しいアイデアの複合的な価値を高めるためには、独自の深い「視座」を確立することが大切になってくる。言い換えると、よい問いを発することが、つまらない問いに完璧な答えを出すよりはるかに重要であるということだ。たとえ完全な解を出せなくても、今まで誰も問うたことのない本質的な問題を見つけ、新鮮な問いを発すること──これが研究の成否の8割を決定する要因だと私は思っている。

 誰もが当たり前だと思って疑うことのない既成観念に本質的な疑問を投げかけることで、初めてより大きなブレイクスルーを生み出す研究への道が開かれよう。


(次ページに続く)

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