木から森を作る
アップル製の携帯電話機には、その他のベクトルからも期待が高まっていた。「ジョナサン・アイブ副社長が率いるアップルの工業デザイン部門が携帯電話機をデザインしたら、いったいどんな製品になるのだろうか」という期待だ。
筆者を含め多くのマスコミが、携帯電話機はデザインしないのか、という質問を投げかけた。アイブ氏自身、携帯電話機メーカーから何度も相談を持ちかけられたことがあると語っていた。だが、こうしたメーカーと組んだところで、iPhoneは生まれてこなかっただろう。
iPhoneで行なわれているのは、製品の形状のデザインだけではない。マルチタッチ式の液晶ディスプレーを始め、そこにはハードとソフトの密接な連携がなければ実現できない要素がいくつもある。
さらに、キャリアからの協力をとりつけないと実現しないこともいくつかある。例えば、携帯電話網とWiFiをシームレスに切り替えながら通信するというユーザー視点の動作は、利益優先のキャリアと手を組んだのでは実現が難しい。
1000万台に近い台数を販売するためには、大きなキャリアと手を組むことも必須であり、こうしたキャリア選びもiPhoneのデザインや製品計画の一環と言える。
そしてこの1000万台近い台数を販売し、マジョリティーとなることで初めて開花するiPhoneの新しい魅力もまだ隠れていそうだ。iPhoneを、ただプロダクトデザインだけという小さなコンテクストで見ることは木を見て森を見ないことに等しい。
もっとも、アップルも未経験の携帯電話機業界に一気に切り込めるわけではない。その意味でiPhoneというプロダクトは、これからできあがるであろう大きな森の最初の重要な木と言えるだろう。
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筆者紹介-林信行
フリーランスITジャーナリスト。ITビジネス動向から工業デザイン、インタラクションデザインなど多彩な分野の記事を執筆。「MACPOWER」「MacPeople」のアドバイザーを経て、現在、日本および海外の媒体にて記事を執筆中。マイクロソフト(株)の公式サイトで執筆中の連載“Apple's Eye”で有名。自身のブログ“nobilog2”も更新中。オーウェン・リンツメイヤーとの共著で(株)アスペクト刊の「アップルコンフィデンシャル(上)(下)」も発売中。