新横浜ラーメン博物館のウラ話 第37回

ラー博にまつわるエトセトラ Vol.32

あの銘店をもう一度94年組 第4弾 ラーメン界の鉄人がカムバック 喜多方「大安食堂1994」

文●中野正博

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 みなさんこんにちは。2024年の3月に迎える30周年に向けて、これまで実施してきましたさまざまなプロジェクトが、どのように誕生したかというプロセスを、ご紹介していく「ラー博にまつわるエトセトラ」。

 2022年の7月より、過去にご出店いただいた約40店舗の銘店を2年間かけて、3週間のリレー形式で出店していただく「あの銘店をもう一度“銘店シリーズ”」と、2022年11月7日より、1994年のラー博開業時の8店舗(現在出店中の熊本「こむらさき」を除く)が、3ヶ月前後のリレー形式で出店する「あの銘店をもう一度“94年組”」がスタートしました。おかげさまで大変多くのお客様にお越しいただいております。

 今回は94年組の第4弾として、日本三大ご当地ラーメンの1つである喜多方より「大安食堂1994」が10月27日(金)よりオープンいたします。2024年の1月8日(月)までの約2ヶ月間の期間限定出店となります。

前回の記事はこちら:あの銘店をもう一度第23弾 ラーメンを通した復興支援で復活した 気仙沼「かもめ食堂」

過去の連載はこちら:新横浜ラーメン博物館のウラ話

大安食堂1994の「喜多方正油ラーメン」

 日本三大ご当地ラーメンの1つ喜多方ラーメンのルーツは、現存する「源来軒」に遡ります。

 「源来軒」が喜多方のラーメンの発展に大きく寄与され、一説によると、「源来軒」創業者・藩欽星氏のお弟子さんは100人を超えるとのことです。そして戦後になると、「まこと食堂」、「上海」、上海で修業し独立した「坂内食堂」が中心となり、喜多方ラーメンは発展していきます。しかし、戦前から1960年代にかけての喜多方は、出前も含め古くからラーメンが根付いていたものの、今のようにラーメンが観光資源だったわけではありませんでした。

 多くの観光客が喜多方に押し寄せることとなったきっかけは、1970年代に「蔵のまち」として脚光を浴びたことにはじまります。その際、地域に根付いているラーメンに市の職員が目を付け、旅行代理店やメディアに紹介したところ、喜多方のラーメンは特徴的だと知られるようになり、喜多方は「ラーメンの町」として全国的に有名になったのです。

 1987(昭和62)年3月には「蔵のまち喜多方老麺会」が日本で最初のラーメン会として発足。大安食堂創業者・遠藤進氏は初代のメンバーとして名を連ね、自分のお店のみならず、喜多方ラーメンを全国区にすべく、北は北海道、南は九州まで、全国の物産展に出店しました。

 こうして喜多方ラーメンは札幌、博多と並ぶ日本三大ご当地ラーメンとして名を馳せることとなりました。

大安食堂外観

 大安食堂の創業者・遠藤進さんは、1937(昭和12)年8月5日、6人姉弟の3番目として福島県喜多方市に生まれ、1978(昭和53)年10月12日、41歳の時に大安食堂を創業。色々なメニューを出していたものの、ラーメンは自信の一品であり、人気のメニューでした。

 創業時から地元のお客さんで賑わっていましたが、創業から3年ほど経った頃、NHK仙台の「東北めん類考」という番組の取材を受け、その時のエピソードが新聞記事に紹介されたことをきっかけとして、大安食堂は大繁盛することとなりました。

取材時の写真

 私たちが大安食堂を交渉し始めたのは1992(平成4)年頃。日本三大ご当地ラーメンとして喜多方というラインナップは外せないという想いの元、誘致活動をしました。遠藤氏が多忙であった事、先例のない事業の持ちかけに疑いを持たれていたことなどから難航したものの、度重なる交渉をした末に、ようやく当館への出店に合意していただきました。そして1994(平成6)年3月6日、世界初のラーメンのフードアミューズメントパーク「新横浜ラーメン博物館」がオープン。連日多くのお客様が来館されました。

新横浜ラーメン博物館に出店していたころの外観

 大安食堂でも1日に600杯~800杯のラーメンが出たため、夜2時頃まで仕込みをして、2~3時間の睡眠をとりまた朝6時に店に戻る。そんな日々がずっと続き、喜多方に戻ることが出来たのは半年後のことでした。

 遠藤氏曰く「私のラーメン人生の中でこんなに忙しかったのは初めてでした。ただこの経験があったからこそ、自信にもなりました。」とのことです。

創業者遠藤進さんと奥様

 今回の出店に際し、御年86歳の遠藤さんは、家族の反対を押し切り、期間中新横浜に滞在し、厨房に立ち続けるとのこと。遠藤さん曰く「周りからは“そろそろ引退してはどうか?”という、お声もいただきますが、私としてはまだまだ極めていませんし体が動くので、まだまだ現役を続けます。私の人生で大きな分岐点となった新横浜ラーメン博物館への再出店は、大変ワクワクしています。少しでも恩返しがしたいという想いで今回は挑みます。今回は原点に戻り引き算のラーメンを出します。1994年当時の味を是非この機会に味わっていただきたいです」とのこと。

大安食堂のラーメン

 創業から50年近くたつ大安食堂。遠藤さん曰く「うちのラーメンはシンプルだからこそ、ごまかしが一切きかない。まだまだ勉強」とのこと。

 スープはとんこつを中心としたスープと、魚介系をブレンドしたダブルスープ。そしてタレに使用する醤油は江戸時代から続く、地元喜多方の特注醤油を使用。芳醇な香りが漂う“懐かしさと新しさが同居した正統派喜多方ラーメン”。

懐かしい味わいのスープ

 喜多方最大の特徴はやはり麺です。飯豊山の天然水で打たれた熟成多加水手もみ麺。つるつる、しこしこした食感がスープとベストマッチです。喜多方ラーメンはスープも美味しいですが、麺を食べるという感覚の方が強いです。

大安食堂の麺

 具材はシンプルに、豚のバラ肉、ネギ、メンマ、なると。色々試したのですが、主役は麺とスープのため、余計な具材は入れませんとのこと。

 大安食堂が卒業したのが1996年2月26日。2012年1月13日の「がんばれ東北!がんばろうラーメン!」で5日間限定で出店しましたが、レギュラー店の卒業からは実に27年ぶりのラー博復活となります!

 御年86歳の鉄人が作る昔懐かしのシンプルな喜多方ラーメンをこの機会に是非味わっていただきたいです。期間中、遠藤さんが厨房に立ちラーメンを振舞います。出店期間は2023年10月27日(金)~2024年1月8日(月)です。

 そして次回、銘店シリーズ第24弾は旭川「蜂屋」さんです!

 お楽しみに!!

新横浜ラーメン博物館公式HP
https://www.raumen.co.jp/

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文/中野正博

プロフィール
1974年生まれ。海外留学をきっかけに日本の食文化を海外に発信する仕事に就きたいと思い、1998年に新横浜ラーメン博物館に入社。日本の食文化としてのラーメンを世界に広げるべく、将来の夢は五大陸にラーメン博物館を立ち上げること。