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子から親へのプレゼント提案で見えた新しいサービスデザインの可能性

連載
アスキーエキスパート

国内の”知の最前線”から、変革の先の起こり得る未来を伝えるアスキーエキスパート。Nei-Kidの神谷渉三氏による個人の創造性を伸ばす教育における日本と世界のイノベーション動向をお届けします。

 「母の日、父の日のプレゼントをデザインシンキングで創ろう!」――Nei-Kidで企画・開催したオリジナルイベントは、本当に心暖まる、素敵な場所になりました。

シリコンバレーで学んだデザインシンキングを、日本の子どもたちへ

 2018年1月、私はNei-KidのFounderとして、経産省「始動」プロジェクトで選抜されシリコンバレーに派遣されました

 そこで学んだのは、徹底して生のユーザーに触れビジネスを検証する真のユーザー志向と、日々失敗し続けていなければダメ、というチャレンジ精神でした。従来から知っていたデザインシンキングの方法論の根底に流れるものを知り、なぜそうなっているのか、という構造から理解できたことは、自分にとって大きな収穫になりました。

 ユーザー観察からニーズを導き出し、アイデアの山からコンセプトを打ち出し、プロトタイピングで仮説検証を繰り返し、プロダクトとマーケットをフィットさせる。リーンUXやアジャイルにも共通する根底は「現地」「現物」「現人」です。事業の成功確率を上げるためには、実際にとことん試して検証しまくる必要があり、はやくたくさん試して現場での学びを蓄積するためにフレームワークがあります。

 このようなシリコンバレーで学んだことを日本の子どもたちにも伝えたい。そのため、子どもたちに起業家たちの根底にある想いや「なぜ?」の部分を伝える場をつくりたい。そう思ったのが、今回の取り組みのきっかけでした。

集まってくれた最強のメンバー

 子どもたちは、相手の本質を鋭く見抜きます。だから、向き合う相手が誰でもいい、というわけではありません。つまり、単に方法論を学んだというだけではなく、心からそれを理解し信じている大人たちが向き合うことが必要です。

 今回参加してくれたのは、NTTデータで長年デザインシンキングに携わり、大人向けワークショップや小学校での授業など数多くの経験がある池田さん、大学生向け教育サービス「Trunk」を自ら立ち上げ、ハッカソンなど多くのイベントを主催している西元さん、SONYのエンジニアで、シリコンバレーの本場d.schoolでデザインシンキングを叩き込まれたKimさん、NTTデータでお客様向けにデザインシンキングを通じた人財育成に携わっている野辺さん、同じくNTTDATAのAIエンジニアとして、多種多様なプロジェクトに試行錯誤で挑んでいる能勢さんの計5名。

 業務でデザインシンキングを活用して経験を積んでいる最強のメンバーが、子どもたちのファシリテーターとしてそろいました。

 このメンバーは、デザインシンキングの根底にある考え方を理解しています。子どもたちがたくさん試すためには、否定されない、安心安全な環境づくりが必須です。

 「いいねえ!」と相手のことを肯定してコミュニケーションするYes Andの考え方、「こうすべきじゃない?」などとは決して言わず、その子の中にあるものを引き出す“nudge”(肘で軽くつつく)のやり方、単に本で知識を得ただけではなく、実業務で技量を磨いてきたメンバーのファシリテートからは、私自身も大いに学ぶものがありました。

 30人近くいた1年生から6年生の多様な子どもたちが、リラックスしまくった空気感を出し、1人も脱落せずにそれぞれのプロダクトをつくり上げることができたのは、このメンバーだからこそ、だと思います。

消費するよりつくる方が楽しい

 イベントでの時間設定も今回こだわった部分です。

 2018年5月に「ITで遊ぼう!」というワークショップを地元愛知で主催した際、20年以上の教員経験がある兄から、「子どもたちがものをつくっている時間が短い」という指摘を受けました。新しいものをみせて刺激を与えよう、楽しんでもらおう、と思うあまり、子どもたちが自分で考えてものをつくる時間が、短くなってしまっていたのです。

 与えられたコンテンツを消費するより、自分で考えてつくる方が、楽しい。当たり前のことなのですが、時間の制約もあることから、どうしても見てほしい、伝えたい、楽しませたい、という想いが先行して、ゆっくり考えたりつくったりする時間が取り難くなっていました。

 この反省も活かして、今回のデザインシンキングのワークショップでは、

  • 自分たち自身でお父さんやお母さんにインタビューして想いを聞き出し
  • その想いに応えるものを自分たちで考え
  • 各家庭から持ち寄った廃材の山からプレゼントをつくる

というプロセスを、時間をかけて実施しました。

 ワークショップ後のお父さんお母さんからは、「日本科学未来館なども近くにありよく行くが、90分のワークショップでは消化不良なことがよくあった。今回、じっくり時間をとって1つのテーマに向き合えたことで、親にも子供にもすごく良い気づきになった」というコメントもいただくことができました。

 また、4時間超という長時間のワークショップを終えた子どもたちからは、「もっとつくっていたかった。」「次はいつだ。」などの感想もあり、小学生の集中力がどのくらい続くだろう、と心配していた私たちや親からすると、新鮮な驚きでした。

 世の中には情報があふれ、親も子どもたちも”忙しく”しています。小学生の平日は、学校の宿題や塾・習い事に1日2時間が割かれ、遊びの時間は屋内屋外含め20分しかない、というデータもあります。

 ゆっくり時間をかけて自分で1つのことを考えたり、つくったりする機会が、今だからこそ、必要とされているのかもしれません。

 ちなみに、廃材を各家庭から持ってきてもらったのは、多様な素材の自前調達は難しい、でも子どもたちの想像力を刺激するためにいろんなものを並べてあげたい、とメンバーで悩んだ末に思いついた苦肉の策でしたが、家にあった廃材が子どもたちの手によって想いのこもった親へのプレゼントに次から次へと変わっていく様子は、とても感動的でした。

 自ら考えてつくってみることで、みんなで持ち寄ったたくさんの廃材が宝物に変わる。そんな場をこれからも再現していければと思います。

大切なのは、1人ひとり

 今回のワークショップがわかりやすかったのは、お父さんやお母さんといった身近な存在のユーザーを想って、子どもたちがものをつくる形に絞りこんだからです。これはすごくよかったことでした。

 私自身IT企業に勤めているので、テクノロジードリブンで世の中がどう変わっていくのか、という話は毎日のようにしているわけですが、技術は手段であり、「誰を笑顔にするか」がサービスの原点です。

 「誰を笑顔にするか」はとても当たり前の話ではあるのですが、大きな企業にいればいるほど、求められるビジネス規模が大きくなり、ターゲットセグメントも多種多様になるため、いろんな人たちを同時に満足させることが求められるようになる。陸海空すべて制覇できる武器を作れ、みたいな話に往々にしてなります。

 今回のワークショップは、「子どもが、自分のお父さんorお母さんに対してプレゼントを考えてつくった」のです。1人が、1人のことを想ってつくる。これがサービスの原点だな、という手触り感が、あの場にはありました。

 「自分が小学生の頃に母親からもらった動くプラモデルがすごくうれしかった」とお父さんがいうのを聞いて、動くプラモデルでその気持ちをもう一度味わってもらおうとした子、自分がいない間もお父さんを励ますためのロボットを作った子、お母さんがいつもいる台所で料理をつくってくれている時に幸せな気分になるよう、野菜が出てくるとき綺麗な音が鳴る装置を考えた子。

 プレゼントというのは、本来とてもパーソナルなものだと思います。私たちのつくるサービスというのはすべて誰かへの贈り物、という当たり前を、子どもたちは簡単にみせつけてくれました。

 子どもたちが人生で最初に触れることになったデザインシンキングのワークショップを、1人対1人の形で提供できたことに、すごく満足しています。

 参加いただいた親の方々からも、「親子の絆を再確認できた」「子どもが言っていることを最初は理解できなかったけど、よく聴くと自分のニーズをちゃんと汲み取ってくれていて独りよがりじゃない発想が1年生でもできるんだとわかった」などの感謝のコメントを多くいただきました。

 親である大人にも、1人1人を考えてものをつくるサービスの原点、を思い出すきっかけになってもらえるとよいな、と感じましたし、実際にそういう効果があったように思います。

親や教師だけでなく、社会全体で子どもたちを育てる

 Nei-Kidでは、親や教師以外の多様な大人との交流を目指しています。それは、子どもたちに広い世界をみせたい、という想いと、もう1つ「子どもたちを育てるのは親や教師だけの責任ではなく、社会全体の責任」という想いがあるからです。

 「私の子ども」をどう育てるか、という狭い了見から、「私たちの子どもたち」をどう皆で育てていくか、という発想に全員が転換できれば、子育てに悩む親にとっても、多忙な毎日の中で親や世間からのプレッシャーに晒されている教師にとっても、きっと救いになると思います。

 いま生きている子どもたちが、未来の社会を創る。次の世代にヒトとして何を引き継いでいくか、という観点でいえば、全員が1人残らず当事者なのです。

 今回は、子どもたちがデザインシンキングの経験者と交流することで何が起こったか、という実例をご紹介しました。あなたの中の経験を、次の世代に残したいという方は、ぜひご連絡ください。皆で子どもたちと、しっかり向き合っていきましょう。

アスキーエキスパート筆者紹介─神谷渉三(かみやしょうぞう)

著者近影 神谷渉三

「生きている間に一番世の中を変えるのはIT」と考え、IT企業(NTTDATA)に1996年入社。以来、日本初となるデジタル放送のプラットフォーム企画・構築、大手ポータル事業者向けシステム刷新、全社統一ビジネスプロセス制定・施行、DigitalBusinessへのトランジション支援(含LINEとのアライアンスやAI関連事業など)、一貫して新規ビジネスや新規施策に従事。高校1年の時、「MBAに行きたい」と3者面談で話したが親や教師に笑われて諦めた経験を持つ。数十年経った後、まったく同様の経験を話す高校生をみて変化のなさに衝撃を受け、小学生が親や教師以外の多様な大人たちと交流できるサービス(Nei-Kid)を立ち上げ。子どもが学び、子どもから学べる環境づくりにライフワークとして取り組み中。経済産業省「始動 Next Innovator 2017」シリコンバレー選抜メンバー。

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