今までのカナルタイプとは別次元の再現力
実際に装着して音楽の再生を始めると、驚くべきポイントははっきりと現れる。
もしベースにシンセサイザーを使った最近の音源なら、まず低域の量感に驚かされるはずだ。ミニモーグのノコギリ波ベースは、ベースラインのザラザラした耳障りよりも、まるで棒のようにソリッドな質感の方が先に立つ。普段はパツンというアタックしか耳に来ない808のキックも、胴鳴りも含めた余韻の方に耳がいく。
レスポンスのスピードや収束にも問題はなく、カナル型イヤホンでは難しいはずだった低域の再生能力が恐ろしく高い。オーバヘッドバンド型のフルサイズヘッドホンでも、ここまで低域がリニアに出るものも珍しいのではないか。もちろんTH-F4Nは、低域の音圧を無理に上げているわけではない。ピッチは正確で、ダイナミックレンジは広く、当然ながら飽和も見られず、音像は明瞭だ。この点で勝負になるイヤホンは、ちょっとほかに思いつかない。
マイクで収録したステレオソースなら、今度は音場感に驚かされる。これまでバランスド・アーマチュアの領域だと思ってきた微細でみずみずしい高域の信号も含めて漏らさず伝えてくる。音源の位置関係がしっかり表現された上モノと、輪郭のはっきりとしたボーカル、それらを下から突き上げるようなボトムラインが支えるという立体感は、もっと大きな口径のオープンエア型のヘッドホン、あるいはフロアスピーカーで聴いているような感覚なのだ。
総じて、いわゆる「音のこもり」とは無縁であり、今までのカナル型とは別世界の新しい音だ。評価が分かれるとすればそこだろうと思うが、私個人としてはSTAXのSR-001や、SHUREのE5cを初めて聴いたときのような興奮を覚えた。おそらくチューニング次第でもっとさまざまなバリエーション、表現ができるのではないか。Olasonicとのコラボ製品であるTH-F4Nもそのようにして登場したのかもしれない。
イヤホンの世界もかなり前から技術的な平準化が進み、高価な素材やパーツなどの物量に傾き始めて、従来のオーディオと変わらなくなってしまった。しかしエンジニアリングによって問題は解決して、新しい方向へ進み得るわけで、まだまだおもしろい世界だということを久しぶりに実感した。
著者紹介――四本 淑三(よつもと としみ)
1963年生れ。フリーライター、武蔵野美術大学デザイン情報学科特別講師。インターネットやデジタル・テクノロジーと音楽の関係をフォロー。趣味は自転車とウクレレ。